活動報告

鈴木晃志郎(富山大学准教授)の活動報告ブログです

 

スポンサーサイト


Category: スポンサー広告   Tags: ---
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「国立大学の教授はさらに“研究貧乏”に」への雑感


Category: モノローグ   Tags: ---
2004年の国立大学法人化以降、一貫して運営交付金を減らしてきたはずの文科省が、今さらこういう調査結果を公表してくるというのは何のご冗談でしょうか。
----
国立大学が国から受け取る運営費交付金など「基盤的経費」から、大学の研究者に配分する「個人研究費」が減少傾向にあることが文部科学省の調査で分かった。研究者の4割が「10年前より減った」、2割が「半減以下」と回答した。年間金額は6割が「50万円未満」と少額の状態。公募事業など「競争的資金」を獲得しないと、多くの研究者は十分な研究ができない現状が浮き彫りとなった。
(ニュースイッチ:http://newswitch.jp/p/5855

----
この記事では、「基盤的研究費の減少と競争的資金の増加」の何が問題かについては僅かしか触れていませんので、今日は当事者としていくばくかの背景を補足してみることにしましょう。競争的資金というのは(1)有期で、(2)目的を定めて行うプロジェクトへの研究助成です。ということは、(3)申請をしないと貰えませんし、(4)申請するには、まだ結果の出ていない「予想される成果」を書かねばなりません。もちろん申請は審査され、採択率は(研究者の中の)3割弱だと思っていただければ良いと思います。

(1)と(2)は、研究者が一定期間、決められたテーマにしかお金を使えなくなることを意味します。また、科研費の場合、有期というのはほぼ三年以上五年以下ですので、この研究期間と長さの合わないテーマは申請が難しくなります。当たるかどうか分かりませんので、当たらなかったときはその研究は中断したり、そもそも始められなかったりします。研究全体が長期間に及ぶ場合、中断は命取りになったりしますので、宝くじと同じで恒常的な支出源としては当てにできない、「当たったらラッキー」の性格が強いお金です。

一方、その申請のための書類を作る手間は膨大です。大学教員は研究しながら学生の卒論や実習を見、授業の準備をし、県や市区町村の委員会に出席し、公開講座や出前講座などに出かけていって講演をし、そのための資料作りをし、学内のさまざまな雑用(報告書の作成、入試問題作成や試験監督、採点、各種の委員会や教授会の出席など)に追われています。昔は助手がいましたので、上記のうちのいくつかは助手に助けてもらうこともできましたが、運営交付金の減少で助手はほぼ国立大からいなくなり、教員数全体も減っていますので、残った教員のところに余計負担が回ってくる構図になっています。そこへ、さらに(3)が加わってくるわけです。当たる可能性の少ない競争的資金に、ただでさえ少なくなった時間と労力をもっていかれるのはかなり辛いことで、結果として少なくなった研究時間をいっそう圧迫することになってしまうのです。ここ数年、日本の大学が世界の大学の研究力・競争力ランキングで凋落しているといったニュースが良く出てきますが、それにはこういう背景があることを知っていただきたいと思います。

また人文科学の場合、理工系の実験のように実験をやる前から結果の予想がつくことは稀です。相手は人間や社会ですし、実際に話を聞いたり、資料をみて初めて、何が問題の核心かを知ることの方が遙かに多いのです。行ってみて、聞いてみて、調べてみて初めて問題を理解できるタイプの分野に(4)はかなりきつい課題で、それを達成しようとするとどうしても、行かないでも(見ないでも)結果の予想が付くような、無難な研究になってしまいます。もう少し言えば、審査する側が「胴元として彼らに**な研究をさせたい」と思えば、競争的資金を増額しその応募課題・対象分野を限定することで、やるようにし向けることもできるということですね。

ちなみに引用元の記事は、採択上位200校のみを対象としていますので、弱小私大や地方国立のように科研費が当たりにくいところの状況はさらに深刻です。そんなわけで私はここ数年来、競争的資金をとることは半分諦めており、その書類作成の時間を自分の研究時間に回すようにしています。当然、研究費は少なくなりますので、論文の質と数を保つことは年々難しくなり、今の私はほとんど、フィールドワーク系の実証研究はできなくなりました。これを補償するため、私の場合は、複数の分野にわたって展望論文を書くことで、研究者に課せられた社会的使命に応えてきました。「メディア誘発型観光」、「NIMBY」、「批判地図学」、「ダーク・ツーリズム」、「地理空間情報の倫理」に関する最近の著作はほぼ全て展望論文(=文献を読み、関連分野の議論動向をまとめたうえで、筆者の見解を述べる論文)です。しかし、これにも限界がありますから、このまま研究費の縮減が続けば私も論文の生産はできなくなり、「ロクに研究もしない穀潰しめ」と言われる日がきっとくるでしょう。そうならないよう最大限努力するつもりではいますが、論文を書けなくなった暁には我が非力を恥じ、皆さまの批判は甘んじて受けたいと思います。

数年で配置転換、自分が引っかき回した結果を見届けることなく去っていく官僚たちの今日明日の「実績作り」のために、大学を右往左往の混乱に陥れるのは本当にご勘弁いただきたいものです。それをやるなら、まず法人化以降の予算配分がもたらしてきた「成果」について、文科省がきちんと自己総括をし、関係者が結果責任を取ってからにして欲しいと思います。ゆとり教育の責任って、結局誰がとったんでしたっけ?


スポンサーサイト

テーマ : 時事ネタhot評論    ジャンル : 学校・教育


Comments

Leave a Comment



07 2018
SUN MON TUE WED THU FRI SAT
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

06

08


 
プロフィール

dr.suzuki

Author:dr.suzuki
鈴木晃志郎の活動報告をするためのブログです。
めいんのサイトへお越しいただける奇特な貴方は
→こちらをクリックしてください。

 
 
検索フォーム
 
 
 
最新トラックバック
 
 
 
QRコード
QR
 
 
ブロとも申請フォーム
 

Archive   RSS   Login

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。