活動報告

鈴木晃志郎(富山大学准教授)の活動報告ブログです

 

2012年度の文献講読(2回目)


Category: 文献講読   Tags: ---
人文地理学教室では、例年後期に2つの文献講読の授業を実施しています。
今年は月曜日に、この2つの文献講読の授業が行われています。
3時のおやつを飲み食いして随時糖分を補給しつつ、
目の前の論文で吸収した糖をすぐさま消費。とても代謝効率の良い授業ですw
備忘録も兼ね、今年からは授業内容を簡単に残しておくことにしました。
来年度の受講生は、今年ここに紹介されていない論文を紹介してください!

第二回は、英文講読ではSさんが、和文講読ではSさんが、それぞれ
以下の文献を選び、内容を紹介してくれました。
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■Pooley, C.G. 2009.
 Landscapes without the car: A counterfactual historical geography
 of twentieth-century Britain
. Journal of Historical Geography 36:
 266-275.
■山口哲由 2011.
 移動牧畜が放牧地に及ぼす負荷の分布状況: 中国雲南省北西部のチベット族
 村落の事例
. 地理学評論84(3): 199-219.

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山口論文は昨年、日本地理学会から論文賞をもらった論考で、個人的にも
拝読するのを楽しみにしていたところでした。足かけ5年に及ぶ調査結果を
もとにした大変な労作で、調査手続きも緻密。図表も大変に綺麗。いかにも
自然地理学の訓練を受けて書かれた論文だなという印象。学生たちからも
この点を賛嘆する声が次々に挙がりました。

調査地は、チベットのシャングリラ県にある、高度3000~4500m の高地で
植生分布の限界点にほど近い厳しい環境。ここに39世帯のW村があります。
限られた範囲で行われる農業と、急峻な山を季節の変化に応じて垂直移動
しながら営まれる放牧が、彼らの生活を支えています。著者は:

(1)作付け面積や家畜当数に関するインタビュー。これで放牧小屋や家畜群
  の基礎的なデータを先ず入手
(2)GPSを使った放牧圏調査で、放牧営地の位置情報と周辺温度を入手
(3)衛星画像を使って土地被覆を分類。これらデータをもとに論を進めます。

タイトルにもある通り、彼の目的はこの移動放牧が「放牧地に及ぼす負荷」
の大きさを調べることにあります。調査の結果、放牧群は幾つかに分かれて
山の谷あいに陣を張るのですが、寒くなってくると彼らは麓へ向かって移動
してきます。この際、共通して野営する地点が生じ、植生への負荷もそこに
集中するということが明らかにされます。データも大変緻密です。
「山地の移動牧畜による放牧地への負荷の分布状況を推定する(p.200)」
という筆者の目的は、完璧に達成されているといえます。ところが、なぜか
この論拠に基づいた考察や「具体策の提言」の段になると、微妙に歯車が
噛み合わなくなります。
それを象徴するのが「シャングリラ県の過放牧対策の問題点」の項(p.214)。
筆者の調査では、W村ではマツタケ栽培の方が儲かるため牧畜を止める人
が増え、そもそも実際には負荷が深刻な場所は確認されませんでした。
ところが、その結果を受けたこの項では、話がシャングリラ県全体の過放牧
傾向の問題に対する議論になってしまいます。
県全体では過放牧の傾向は確かにあり、牧畜局の上梓した報告書でも確認
できるらしいのですが、今回の調査結果はあくまで、それとは逆の結果だった
はずです。学生たちは、この齟齬が気になったようです。

もうひとつ、これは人文地理学を学ぶ学生だからそう思うのでしょうが、この
論文が基本的に、環境決定論的な視座に則って書かれていることを疑問視
する学生もいました。実は著者はpp.212~213に掛けて、厳しい環境下で
生業を営む彼ら牧畜業者が、生活の中で編み出したさまざまな工夫を報告
しています。「見張り当番」や「移動牧畜の経路に関するルール」への言及
がそれです。牧草地の負荷が予想に反してクリティカルではなかった理由の
1つに、厳しい自然環境に対峙した生活者の創意工夫(文化・慣習)の効果
もあり得るわけですが、この点も突っ込んだ言及があると良かったかも知れ
ません。

このため、非常に詳細な報告がなされている一方で、それを踏まえて著者が
本当は何を一番にやりたいのか(負荷の最適解を求める?自然と人間との
せめぎあい?過放牧の問題点の指摘?)が、学生にはもうひとつ分かり難い
ようでした。ひょっとすると、本当は著者は、過放牧がもたらす自然環境への
負荷を解明し、それをもとに管理計画の提言をする、という青写真が最初に
あったのかも知れません(実際に調査をしてみると、現実は小説のようには
行かなかった)。

常々、講読をやるたびに、彼らがこうして読んでいる論文が、いかに膨大な
手間と時間、何より精力を注がれた末に生まれてきているのかということを
どう伝えたものか逡巡します。
知の消費は一瞬でも、その知が生産されるまでには、長い時間と労力が
注がれています。しかし、こうした舞台裏は、同業者には推察できても、
まだ知を生産したことのない学生には、なかなかうまく伝わらないものです。
学生に伝わらないものは一般社会にも伝わらないでしょう。行間から著者
の創意工夫や労苦を理解してもらうことも、この講読のひとつの課題かなと
思っています。
その点、この論文は、学生にも「産みの苦しみ」を想像しやすいものだった
ようです(それが学会賞という形で報われるというのは、研究者にとり最高
の幸せですね)。

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いっぽう・・
Pooleyの論文は、歴史地理や村落地理の論文に時々見受けるエッセイ的
な佇まいの構成で、色々な意味で非常に難解でした。「仮説・手続き・結果・
考察」といった狭義の科学論文の体裁もとっていないため、学生も往生した
らしく、コメントも全く出てきませんでした(-_-;)

著者は、一般に喧伝されている「自家用車に乗らない生活はエコだから
公共交通に比重を置き、自家用車の利用には制限を掛けるべき」といった
論調に対し懐疑的な見解を持っているらしく、「人々が自家用車に乗った
ところで、大した違いはない」ということを主張しようとしています。
そこまでは理解できるのですが、なぜか彼はその主張に根拠を与える際、

(1) 1930年代に上梓された二種類の英国の幹線道路計画図と、
(2) 1900、2000年の二時点における英国の鉄道交通網図
                 ・・・を出してきます。

自家用車が無かったところで大した違いはない。これが彼の考えですが、
彼はこの主張を、「もし本当に自家用車が禁止されたとしたら、交通網が
現在とどう異なるものになっていたかを反実仮想(counterfactual)する」
ことから逆説的に論証したいようです。

普通にこれを議論しようと考えたら、国外の(マイカー普及率が低い)国や
都市での大気汚染データを出してくるなり、OD調査のデータを持ってくる
ことを考える筈なのですが、本論文ではそうした検証は一切なされません。

自家用車は、1930年代に急速に普及したらしく、こうした事態を想定して
いなかった道路上では、歩行者を刎ねる事故が頻発しました。このため、
(1)「歩行者や自転車を分離した高速道路をまず整備しろ」という主張と、
(2)いやいや県や郡単位で、多目的利用を前提とした道路整備を進めて
  いくべきという主張とで、国を二分する議論がなされたそうです。

もしこの時、車は公共交通のみに制限し、自家用車が制限される政策が
採られていたらどうなっていたかという反実仮想の下、彼は論を進めます。

(1)インフラ整備の観点でいうと、そもそも道路整備はそれほど差し迫った
  問題にはならず、道路は今ほど整備は進まなかったかも知れないが、
  代わりに現在は多くが廃線となった鉄道ネットワークが当時は健在。
  それが残っただろうから影響はないですよね?

(2)マイカーのない昔と今を比較すると、通勤通学時間はほとんど変わって
  ないんです。道路は普及しなくても、近所で買い物できるし公共交通も
  利用できる。生活への影響は微々たるものでしょう。それが近隣の商業
  施設の空洞化の抑止力になるので、近隣商業施設こそ今より残るかも
  知れないけど、違いが出るとしてもその程度でしょうね。

(3)イギリスのマイカー未保有世帯は今も1/4ほど。マイカーが使えなくても
  人はバスに乗って移動するだけ。バスだって排気ガスを出すので、大気
  汚染の抑制効果なんて大したことはないですよ。
  ・・おおよそ、こんな主張を、データの裏づけなしに書いている。

(1)に関していえば、本当にそうかをシミュレーションしている訳ではないので
  根拠なし。
(2)に関していえば、規制によって購買行動が変化した実例を示すわけでも、
  シミュレーションを行ってみせるわけでもないので、根拠なし。
(3)に関していえば、自動車規制で公共交通に流れる乗客数や、増便される
  バス数、そこから出る総排ガス量の前後比較も一切ないので根拠なし。

仮定をもとにした議論だけで、自身の主張を肯定するという、まことに奇異な
手続きです。一体どこが魅力的で、天下のJournal of Historical Geography
はこんな論拠の乏しい論文を掲載してしまうのか。これがまるで理解できず、
私の読解力がないせいなのかと頭を抱えるばかりでした。
私の理解が充分でないせいか、解題も精彩を欠き・・
学生も眠そうでした。ごめんなさい。

来週は日本語をMさんが、英語をTさんが解題してくれます。
皆さんちゃんと読んできてね~!

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テーマ : いじめ    ジャンル : 学校・教育

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