活動報告

鈴木晃志郎(富山大学准教授)の活動報告ブログです

 

知をアーカイブすること


Category: 社会にお返し   Tags: ---
2009年、当時指導していた大学院生が世界遺産地域の観光ガイドに関する研究を
構想していた関係で、私は彼女と観光ガイドに関する文献講読や調査計画の検討
などをしていました。
その過程で、日本にも職業として成立している観光ガイドが、僅かながら存在する
ことを知りました。それが、東照宮で有名な日光山内で活動している「堂者引き」
の皆さんです。

ボランティアが一般的な観光ガイドが、日光では立派に職業として成り立っている。
一体どのようにして、それは可能になっているのか、大変興味をそそられました。
簡単に資料を調べてみると、堂者引きについて書かれた研究はまるで見当たらず
それなら実際にお伺いしてお話を聞こう、ということで、調査にお邪魔しました。

ガイドの皆さまには非常に暖かくご協力をいただき、貴重なお話も数々伺うことが
でき、大変勉強になった調査だったのですが、その後、私自身が富大へ移ることに
なってしまい、心ならずもその成果は塩漬け状態になったまま、3年ほどの時間が
経ってしまいました。

今般、一念発起し、その際に集めた文献や調査資料を読み直して執筆した論考が、
地域生活学研究会の雑誌『地域生活学研究』に掲載されましたのでご案内します。
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鈴木晃志郎(2012)文化的景観の構成要素としての観光ガイド
     -世界遺産“日光の社寺”の堂者引きをめぐる一試論-
.
                 地域生活学研究 3:5-22.


個人のブログではありますが、本論文の上梓にあたり、私は研究者の端くれとして
ひとつだけ、どうしても記しておきたいことがあります。

実は、この堂者引きの詰所は、昭和の時代に大きな火災に遭いました。
その際、貴重な一時史料の多くは焼け、失われてしまいました。

日本では珍しい、観光ガイドで生計を立てている人々であり、しかも四〇〇年もの
長い歴史をもちながら、これまで誰一人堂者引きに関する論文を書いていなかった
背景には、この一次史料の不足が大きく関係していたのではないかと思っています。

日光は電車で三時間以上かかり、調査に行けるのは一度きりでした。
にもかかわらず調査を論文の形にまで高めることができたのは、堂者引きの皆さん
のご助力もさることながら、日光市立日光図書館に勤務されていた女性司書さんの
サポートがあったからです。

皆さんは図書館には行かれたことがあるでしょうか?
図書館のカウンターに座っている係のひと、あれが司書さんです。
通常、皆さんが目にする司書さんの姿は、カウンターで書籍の出納をしているか、
本棚にそれらを配架している姿でしょう。薬剤師と同様、有資格者でありながら、
やっている仕事は、バイトでもできそうな仕事だなと、そう思っておられる方は
多いと思います。しかし、それはあまり正しい認識ではありません。

図書館の司書さんは海の向こうでは「ライブラリアン」と呼ばれ、高度な専門職と
認知されています。どのくらいかというと、実は大学の教員とほぼ同格なのです。
司書の本領が発揮されるのは、実は出納業務ではなく、レファレンスの業務です。
研究者が、非常に専門性の高い論文を書いていて、それに関連性のある資史料を
探していたとする。電子化が随分進んだ今では、論文に関してはかなりの精度で
キーワード検索が可能です。しかし、書籍や地図等の非文字資料になってくると
目当てのものを探り当てることは難しくなります。同じく、キーワードとしては
登録されていないが内容的に関連性のある資料なども、中身を知っていない限り
外部の人間に探し当てることは困難を極めるでしょう。

司書は、少なくとも自分の図書館内にある図書のうち、相手が調べているテーマに
資する資料は何かを適切に選び出し、提供する業務も担っています。レファレンス
(情報サービス)という業務です。

簡単そうですが、これが「適切に」できるようになるのは、並大抵ではありません。
なぜなら:
1) その研究者がやろうとしている、まだ完成していない研究の全体像を、研究者と
  同じくらい理解できなければいけない、
2) 相手が取り組んでいる研究課題のどの部分を、手持ちの資料のうちの何の、どの
  部分が解決するかを判断できなければいけない
3) そのためには、置いてある資料を、深い理解とともに知っていなければいけない

・・・からです。
上のどれが欠けても、「適切な」レファレンスはできません。頼りにならない司書
なら誰にでもできますが、こういう、頼りがいのある司書になれる人材は、極めて
少ないのです。私にとって、この調査で最大の僥倖は、たまたま足を運んだ地元の
小さな図書館(日光市立日光図書館)の司書が、まさにこの、「頼れる司書」さん
だったことでした。

私が何を調査しようとし、この図書館にどんな資料がありそうと期待しているかを
彼女はたちまちのうちに把握してくれました。そして、私が堂者引きの皆さんへの
聞き取り調査を実施している間に、関連しそうな館内のあらゆる資料を捜し出し、
どの部分が使えそうかまで、具体的に示せる形にしていてくれました。前述の通り
堂者引きの研究は「ない」のですから、資料の文中に少しだけ触れられていること
まで知っていなければ、このリファレンスには対応できません。

彼女はそれを、わずかな時間の間に、完璧にこなしてくれました。
その仕事の確かさ、真摯さは、私のいた大学の司書など遠く及びもつかない立派な
もので、私は大変驚き、これほど優れた司書を、決して楽ではないだろう財政状況
の中で雇っている日光市は何と見識高く、貴重な財産を抱えた自治体なのだろうと、
大いに感じ入り、深い敬意を抱いたものでした。

今般、論文が完成した際、私が真っ先にその成果をお届けしたかった相手のお一人
それが、この司書さんでした。三月末、私は刊行された雑誌を同封し、礼状をつけ、
日光図書館へ郵送しました。

それに対する返信を受け取ったのは、ほんの一週間ほど前のことです。
返事を下さったのは当該の司書さんではなく、かつて日光図書館を管轄されていた
方でした。そこには、丁寧な謝意とともに、今年三月で業務が外部受託業者により
運営されることになったこと、ゆえに元館長さんは、わざわざ業務の引継ぎの際に
新たな業者の方へ当該誌の配架を依頼して下さったことなどが書かれていました。
恐らく、あの司書さんも、もう日光図書館にはおられないでしょう。
今回ほど、自分の遅筆を呪ったことはありませんでした。

世は不景気です。
世相を反映してか、赤字体質を脱却するため、公務員給与を削減し、
芸術・文化予算を削ることで、大衆の歓心を買っている市長がいます。

市長は数年以内に選挙があり、負ければそれでおしまいです。
彼は決められた期間で目に見える成果を出す必要がある。
一番効果的なのは、「無駄な」予算を削り、「仮想敵(スケープゴート)」を
創り出して、闘って見せること。くだんの市長は、忠実にそれを実行しています。

しかし彼が消えた後、芸術・文化関連予算を回復できたしても、
いったん失われた知やノウハウの蓄積、伝統や文化は戻ってきません。

現在の知識レベルに達し、調査の手際を身につけるのに、私は15年掛かりました。
芸術もそうでしょう。あの、司書さんの見識も。
簡単には再生できないもの(伝統や文化、見識)には、だから価値が生まれます。
出納業務くらいならば他人でも代行できるでしょう。しかし、彼女のあの見識は、
長く日光図書館に勤務し、日々研鑽を深め、情報サービスのプロとしての意識を
高めてきた人物でなければ、決して履行できないものでした。

いま、僅かな日銭と引き替えに、私たちは日々、確実に何かを失っていっている
と思います。

そのことに人々が気づくのは、もしかすると市長が辞めた後、当事者がみな引退
した後、或いは世を去った後かも知れません。

明日のその先を見越して、今日の歴史の片隅にちいさな足跡を残す、
私たちはそういう仕事をしているんだなあ、と改めて感じた次第です。

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テーマ : 図書館    ジャンル : 地域情報

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