活動報告

鈴木晃志郎(富山大学准教授)の活動報告ブログです

 

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サボタージュ検出器としての期末テストの精度について


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果たして教員は、講義のテストをいちいち真面目に作成し採点しているのか?特に不本意な結果をもらった学生さんの中には、そう思われる方も多いでしょう。もちろん一般論ですが、時には結果が人生を左右することもあるわけですから、多くの教員はけっこう厳密に作問・採点します。本日はひとつの例として、私が現在採点中の教養科目のデータで検討してみましょう。

持ち込み可でテストすると、人のをコピーして要領よくこなす学生が得をする。さりとて不可にすると、単なる暗記力の勝負になってしまい、出題範囲も記憶のみで対応できる水準に限定される。そこで私の場合は持ち込み可にしたうえで、レジュメの内容を応用することで解く問題=聞かずに持ち込むだけでは解きにくい、考えさせる問題を意識して作問しています。さて、その効果はあるのでしょうか?受講生の出席回数(Attendance)とテストの成績(Test)との相関を調べてみることにしました。ちなみに前者は6回20点、後者は100点満点、合計(Total)120点。つまり20点の下駄です。

2016教養成績

欠席や試験放棄を除いた僅か30弱のサンプルながら、出席回数と試験の成績との間に正の相関が認められました(r=0.4163 p< .05)。不可(D)判定の中に、6回のうち5回も出席していながら不可に終わってしまった子が2名いるのは残念ですが、D判定とC判定の子の中に出席点の低い子はほぼ網羅され、例外はID23の子ただ一人。今年度のテストはサボりの学生を適切に篩にかける検出器として、まずまず有効に機能したとみて良いのではないでしょうか・・というわけで、教員は定期試験のたび結果を算定し、把握したうえで成績をつけているというお話しでした。もちろん不可をもらって不服な方はお越し頂ければ、結果を開示します。
時間が許すようなら、受講生が130人いる概論でもテストの検出精度を検証してみましょうかね・・。

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テーマ : 研究者の生活    ジャンル : 学問・文化・芸術

ご愛読ありがとうございました。


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Twitterや顔本関係には縁のないガラケーユーザーの私に、学生が教えてくれました。
どこのどなたかは存じませんが、論文は読まれてナンボです。ご高覧いただき、ありがとうございました。




しかしなんで今ごろ急に・・?

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Toyama Science Gala 特別賞をいただきました


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本夕、いつものように学校へ出ていき、教職員用の郵便受けを開けると、中にそっけない(中に検尿の容器のような厚みを帯びた何かが入れられた)封筒がひとつ入っておりました。訝しみつつ研究室に戻って開封してみたところ、出てきたのは思わぬお土産。

目録

・・誰の結婚式かと思いました。
敬愛するO師の密命の下、人文学部からただ一人場違いにもエントリー。カタカナ用語が飛び交うアウェー感たっぷりの会場の片隅で一時間半ひっそりとポスターの前に佇み、アリバイを成立させて帰ってきたToyama Science Gala 2016から、素敵なお小遣いをいただきました。

ポスターの掲示内容は、今まさに国際誌への投稿に向けて最後の段階に入っている鞆の浦の空間解析ネタで、人文系の衆目の下でなら面白さに絶対の自信は持っているつもりですが、景観紛争を可視化する話が理工系バリバリの産学連携の場に馴染むはずもありません。懇親会で何かの授賞式があることはプログラムに書かれていて認識もしていたものの、正直別世界の話で関心もなく、時間が来たらさっさと撤収してしまったのでした(懇親会、出るの有料でしたし)。それでこういう形になったのでしょう。どういう式だったのかは知る由もありませんが、居なくなっちゃって申し訳ありませんでした。

恐らくは理工系主体のイベントにただ一人、多学部色を吹き込むことになった私のガラパゴス的希少価値を評価していただいたのでしょう。ある意味、「特別賞」ですね確かにw 久々のガチ国際誌への論文投稿を控えた私にとって、この受賞は何よりも心強い応援歌になりました。場違いな私の発表を選んでくださった審査員の先生方に感謝申し上げ、成果の掲載を目指したいと思います。

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「国立大学の教授はさらに“研究貧乏”に」への雑感


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2004年の国立大学法人化以降、一貫して運営交付金を減らしてきたはずの文科省が、今さらこういう調査結果を公表してくるというのは何のご冗談でしょうか。
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国立大学が国から受け取る運営費交付金など「基盤的経費」から、大学の研究者に配分する「個人研究費」が減少傾向にあることが文部科学省の調査で分かった。研究者の4割が「10年前より減った」、2割が「半減以下」と回答した。年間金額は6割が「50万円未満」と少額の状態。公募事業など「競争的資金」を獲得しないと、多くの研究者は十分な研究ができない現状が浮き彫りとなった。
(ニュースイッチ:http://newswitch.jp/p/5855

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この記事では、「基盤的研究費の減少と競争的資金の増加」の何が問題かについては僅かしか触れていませんので、今日は当事者としていくばくかの背景を補足してみることにしましょう。競争的資金というのは(1)有期で、(2)目的を定めて行うプロジェクトへの研究助成です。ということは、(3)申請をしないと貰えませんし、(4)申請するには、まだ結果の出ていない「予想される成果」を書かねばなりません。もちろん申請は審査され、採択率は(研究者の中の)3割弱だと思っていただければ良いと思います。

(1)と(2)は、研究者が一定期間、決められたテーマにしかお金を使えなくなることを意味します。また、科研費の場合、有期というのはほぼ三年以上五年以下ですので、この研究期間と長さの合わないテーマは申請が難しくなります。当たるかどうか分かりませんので、当たらなかったときはその研究は中断したり、そもそも始められなかったりします。研究全体が長期間に及ぶ場合、中断は命取りになったりしますので、宝くじと同じで恒常的な支出源としては当てにできない、「当たったらラッキー」の性格が強いお金です。

一方、その申請のための書類を作る手間は膨大です。大学教員は研究しながら学生の卒論や実習を見、授業の準備をし、県や市区町村の委員会に出席し、公開講座や出前講座などに出かけていって講演をし、そのための資料作りをし、学内のさまざまな雑用(報告書の作成、入試問題作成や試験監督、採点、各種の委員会や教授会の出席など)に追われています。昔は助手がいましたので、上記のうちのいくつかは助手に助けてもらうこともできましたが、運営交付金の減少で助手はほぼ国立大からいなくなり、教員数全体も減っていますので、残った教員のところに余計負担が回ってくる構図になっています。そこへ、さらに(3)が加わってくるわけです。当たる可能性の少ない競争的資金に、ただでさえ少なくなった時間と労力をもっていかれるのはかなり辛いことで、結果として少なくなった研究時間をいっそう圧迫することになってしまうのです。ここ数年、日本の大学が世界の大学の研究力・競争力ランキングで凋落しているといったニュースが良く出てきますが、それにはこういう背景があることを知っていただきたいと思います。

また人文科学の場合、理工系の実験のように実験をやる前から結果の予想がつくことは稀です。相手は人間や社会ですし、実際に話を聞いたり、資料をみて初めて、何が問題の核心かを知ることの方が遙かに多いのです。行ってみて、聞いてみて、調べてみて初めて問題を理解できるタイプの分野に(4)はかなりきつい課題で、それを達成しようとするとどうしても、行かないでも(見ないでも)結果の予想が付くような、無難な研究になってしまいます。もう少し言えば、審査する側が「胴元として彼らに**な研究をさせたい」と思えば、競争的資金を増額しその応募課題・対象分野を限定することで、やるようにし向けることもできるということですね。

ちなみに引用元の記事は、採択上位200校のみを対象としていますので、弱小私大や地方国立のように科研費が当たりにくいところの状況はさらに深刻です。そんなわけで私はここ数年来、競争的資金をとることは半分諦めており、その書類作成の時間を自分の研究時間に回すようにしています。当然、研究費は少なくなりますので、論文の質と数を保つことは年々難しくなり、今の私はほとんど、フィールドワーク系の実証研究はできなくなりました。これを補償するため、私の場合は、複数の分野にわたって展望論文を書くことで、研究者に課せられた社会的使命に応えてきました。「メディア誘発型観光」、「NIMBY」、「批判地図学」、「ダーク・ツーリズム」、「地理空間情報の倫理」に関する最近の著作はほぼ全て展望論文(=文献を読み、関連分野の議論動向をまとめたうえで、筆者の見解を述べる論文)です。しかし、これにも限界がありますから、このまま研究費の縮減が続けば私も論文の生産はできなくなり、「ロクに研究もしない穀潰しめ」と言われる日がきっとくるでしょう。そうならないよう最大限努力するつもりではいますが、論文を書けなくなった暁には我が非力を恥じ、皆さまの批判は甘んじて受けたいと思います。

数年で配置転換、自分が引っかき回した結果を見届けることなく去っていく官僚たちの今日明日の「実績作り」のために、大学を右往左往の混乱に陥れるのは本当にご勘弁いただきたいものです。それをやるなら、まず法人化以降の予算配分がもたらしてきた「成果」について、文科省がきちんと自己総括をし、関係者が結果責任を取ってからにして欲しいと思います。ゆとり教育の責任って、結局誰がとったんでしたっけ?


テーマ : 時事ネタhot評論    ジャンル : 学校・教育

研究室探訪を書き、不惑にして大いに惑う


Category: モノローグ   Tags: ---
所属している富山大の学部ホームページには、教員が自己紹介をする「研究室探訪」というコーナーがあるのですが、今般頼まれて一筆書かせていただきました。

目移りしよう。世界は広い。

どうというほどのこともない研究プロフィールの執筆依頼で、実際他の先生方はとても上手に、自分の研究の魅力や面白さを語っておられる。しかしながら、いざ自分がやってみるとこれがなかなか難しい課題でして。思い悩むうち、どうもその難しさがオノレの研究者としての生き方に起因しているように思えてきてしまいました。ここ数年来、誘われるまま請われるまま、何でも手を出しては小器用に成果物を上納。未知のテーマでも素早く相貌を読みとって論文化する技能だけは向上し、ダーク・ツーリズムにジオパーク、メディア観光に地理空間情報の倫理、批判地図学にNIMBYと、知識の幅は拡がったものの、専門家としての深みや時間軸でみたときの研究歴の一貫性は乏しくなってしまったような・・。

頼まれたコラムに関しては「右顧左眄してきたお陰で得るものもあったのだ」的な我田引水で締めてはみたものの、改めて「自分は求道者のように道を究めるタイプじゃないんだなあ・・」と落胆というか失望というか、ビミョーな気持ちになってしまいました。せめて研究者としてのノブレス・オブリージュ=研究(論文として)の質はキープするよう、今後もできるだけ査読誌への寄稿は続けようかと。現在は1本が投稿中、英文校閲中が1本、調査をまとめ中のものが2本ありますが、これらもできる限り査読誌への掲載をめざして取り組みたいと思っています。


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